元気であるために

瓊玉膏について

瓊玉膏と徳川家

瓊玉膏は徳川将軍家の不老長寿と美容の高貴薬として、およそ600年前から日本に伝わっているものです。 大本としては中国の宋時代(12世紀)に当時の漢方医が考案したと言われています。その後、不老長寿の薬として時の皇帝達から愛用されてきました。

瓊玉膏

不老不死?


古来より栄誉栄華を極めた時の権力者は不老長寿を捜し求めていた人が多いようでした。中国皇帝も例外ではなく、 秦の始皇帝が除福に命じてはるか東にある蓬莱の国へ行き、仙人を連れてきて不老長寿の薬を手に入れようとしていた 話は最近の日本でもよく聞かれるようになりました。では、この瓊玉膏が当時どれくらいの長寿薬として考案されたかと言いますと、 「27歳以下が毎日これを服すると360歳まで生き、45歳以下が毎日これを服すると240歳まで生き、 63歳以下の人がこれを服すると120歳まで生き、64歳以上が服すれば100歳まで生きれる」 と、この処方の書かれている洪氏集験方に記されています。 さすがに360歳、240歳はやりすぎですが(笑)

洪氏集験方表紙 洪氏集験方本文


上の写真は大星堂薬局所蔵である洪氏集験方の写真です。右の写真の左左ページにある「年二十七歳以前服此一料可喜(旧字)三百六十〜〜」 とあるのが上記にある27歳以下が毎日これを服すると、と訳した部分になります。右ページには製法も書かれていて、この製法はなんと現在も変 わっておりません。


瓊玉膏と鬼平

日本に渡ってからは徳川将軍家や有力な大名、または功績を称えられた人が将軍から下賜されたようでした。 「鬼平犯科帳」に出てきた長谷川平蔵は実在人物で 、現役を引退後に病に伏せ、将軍の家斉より瓊玉膏を下賜されたという記録も残っています。 徳川家にはいつから伝わっていたのかは不明ですが、瓊玉膏が飲まれていたようです。長きに渡っての江戸時代はもしかしたら陰に瓊玉膏による 効果もあったかもしれませんね。

瓊玉膏と韓流ドラマ

最近流行の韓流ドラマですが、実はこれも瓊玉膏と関わりがあるのです。日本では「ホジュン 〜宮廷医官への道〜」というタイトルで BS朝日に放送されました。 このホジュンが記したのが朝鮮第一の医書と名高い『東医宝鑑』です。14年の歳月をかけて編纂されたこの医書には瓊玉膏の項目もあります。

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